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東京高等裁判所 昭和48年(け)18号 決定

被告人 吉野勝重

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の理由は、異議申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一件記録を調査すると、被告人に対する前記被告事件の起訴状謄本が公訴の提起があつた日から二箇月を経過した後に送達されたものであること、しかるに、一審裁判所も訴訟関係人もそのことを看過して公判手続を進行させ実体裁判が行われたものであることは、所論のとおりである。

ところで、刑訴法二七一条は、裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない。公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されないときは、公訴の提起は、さかのぼつてその効力を失う、と規定し、右の期間内に送達されなかつた理由が裁判所の責に帰すべき場合であると、検察官または送達機関の責に帰すべき場合であると、はたまた被告人の責に帰すべき場合であるとを問わない。公訴の提起がさかのぼつて効力を失うことは明文上明らかであるばかりでなく、昭和二八年法律一七二号により刑訴法三三九条一項一号が追加された際の審議経過によつてみても明らかに看取されるところである。すなわち、同条項によつてなされる公訴棄却の決定は、起訴状謄本が二箇月以内に送達されなかつた、ことによつて当然に当該被告事件が裁判所の訴訟係属を離れたことを確認する意味でなされるものと解される。そしてこれらの規定の法意について考えてみると、検察官の行う公訴の提起は刑事手続が開始される基本をなす重要な訴訟行為であり、これにより公訴時効の進行が停止される効果をもつとともに迅速な裁判の要請からしても起訴状謄本が法定の期間内に被告人に送達されることは、重要な意味をもつのである。要するに起訴状謄本の送達期間の定めはこれらの実質的理由に基く手続の形式的確実性の要請によるもので、不変期間であり強行規定であると解すべきものである。そうとすれば、すでに前記期間を経過したことによつて訴訟係属を離れた後において、訴訟関係人が異議なく訴訟に応じたからといつて、前記の瑕疵が治癒されるいわれはないというべきである。なお所論が引用する福岡高等裁判所昭和二四年一二月七日の判決は、前記刑訴法の改正以前の事件であることのほか、すでに選任されていた弁護人には起訴状の謄本が法定の期間内に送達された場合であり、また、東京高等裁判所昭和四二年五月二三日の判決は、要するに、再度送達した起訴状の謄本が法定の期間内に被告人に送達された事案であつて、いずれも本件に適切であるとはいえない。

以上の次第で、一審裁判所が刑訴法三三九条一項一号により公訴棄却の決定をすべきであつたのに、これを看過して不法に公訴棄却の決定をしなかつたときにあたるとして、原決定が同法四〇三条一項により本件公訴を棄却したのは、まことに正当であるから、これを違法であるとする本件異議の申立は理由がない。

よつて、刑訴法四二八条三項、四二六条一項後段により本件異議の申立を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(参考)

主文

本件公訴を棄却する。

理由

記録を調査すると、被告人に対する本件公訴の提起は、千葉地方検察庁検察官検事黒崎兼作成名義にかかる昭和四七年一二月一九日付起訴状の提出により千葉地方裁判所に対し同日なされたところ、同裁判所は同四八年二月一三日に初めて被告人の肩書住居にあてて被告人に対する起訴状謄本及び弁護人選任に関する通知書につき郵便による特別送達の方法をとつたが、右郵便は被告人が不在で配達できないとの理由によりその後所轄郵便局より同裁判所に還付されたこと、同裁判所は公訴の提起があつた日より二箇月以内に起訴状の謄本が送達されなかつたのに、検察官に対し刑事訴訟規則第一七六条第二項所定の通知をすることがないまま、同月二七日に至つて更に被告人に対する起訴状謄本及び弁護人選任に関する通知書の送達手続を採り、右起訴状謄本等は同年三月二日「浦安町堀江三二三」を送達の場所として被告人に送達されたこと、同裁判所においては、被告人に対する起訴状の謄本が公訴の提起があつた日から二箇月以内に送達されなかつたことを看過して、同年五月一〇日の第一回公判期日から同年九月一三日の第四回公判期日に至るまで弁護人も出頭して事件の実体につき審理を重ねたうえ、同月二八日の第五回公判期日に「被告人を禁錮八月に処する。訴訟費用は全部被告人の負担とする」旨の有罪判決の言渡をしたことが明らかである。

してみると、原審は刑事訴訟法第三三九条第一項第一号、第二七一条第二項により公訴の提起が効力を失つたとしてすみやかに決定で本件公訴を棄却すべきであつたのに、これを看過して不法に公訴棄却の決定をしなかつたものというほかはないから、同法第四〇三条第一項により本件公訴を棄却することとして、主文のとおり決定する。

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